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​私が現在に至るまで

〜 25歳 

これからどこで、何をして生きていきたいのか、あれこれ思いついては夢見て試してみたい時代でした。

英語は世界で多く使われている言語と知った小学生時代、将来いつしか世界の人達と知り合いたいと思い描き英語を学ぶことに励んだ割に、日本の社会で行き着いたところは、IT企業でのカスタマーサービス業務。そして、その時代の波に乗り、ウェブデザインの業務へと駆け出しはじめました。

そんな中、常に頭のどこかで思っていたことは、いつしか日本を出て、海外へ飛び出してみたいということ。

海外留学も考えたし、ワーキングホリデービザでカナダへ行こうかと考えたことも。あれこれ考えながら紆余曲折して辿りついたのは、タイ、バンコク。現地の人達のみ成らず、様々な外国人たちが住んでいる賑わいと、今まで日本や他の海外旅行では感じたことの無い、途上国からどんどん発展していこうという並ならぬ大きな活気が当時の私を魅了し、タイへの海外移住を決心しました。頼る人も居ないまま単身タイへ。今思えば若さあっての勢いと決断だったと思います。

〜 35歳

文化や環境の違う国で働き生活しながら、さらなる自分の新たな出発を考え出した時代でした。

タイ移住最初の頃は、縁合って仕事には就けたものの、まだ慣れない現地の文化や言語に四苦八苦した事も数多くありました。そんな時間も過ぎれば経験値へと成っていくもの。その後も何回か転職のチャンスを得て、日系商社や、IT業界での営業、外資系物流会社の営業を経て管理職まで担うことができました。

この頃にコーチングというものを知りました。興味を持って、ビジネスコーチング本なども読みましたが、当時は自分の職場での立場も考え、どうやって職場の仲間たちやビジネスとうまくやっていくかをコーチング本からヒントを得るくらいに過ぎませんでした。

次第にタイに居る時間がだいぶ長く過ぎたと感じ始めました。特に自分の中では言い切れるものは無いのですが、何か自分の中でやり切ったような、そろそろまた新しい人生に踏み出しても良いんじゃないかと言う思いが湧き始めます。この頃、父親が病に倒れたこともきっかけに、今後の自分の人生なども考え直し始めました。

悶々と今後について考えていく中、気晴らしに休暇を取って友人の居るイギリス、ロンドンを訪ねた際に、フランス、パリへも足をのばし観光。初めてのヨーロッパは、タイを始め周辺のアジア諸国に長く慣れ親しんだ私には街並みも文化もとても新鮮で良いリフレッシュになりました。

その時にパリで出会いもありましたが、まさかその出会いが、バンコクを出て次にパリへ移住するきかっけになるとは全く当初は思いつきませんでした。

〜 45歳

子育て、仕事、今後の人生について向き合い続けている時期。

フランス、パリに移ってきた年は、長期色々な経験をしてきたタイ生活との別れ、父の他界、結婚という大きな

出来事が一度に来た年でした。今でも節目の年として思い出します。

フランスに移ってきたものの、これからどうして行こうかという漠然な不安もありました。フランスに来る前の生活は独身でバリバリ仕事もこなし、忙しさやストレスに揉まれていましたが、フランス生活では同じようなことをしていくイメージは描けず、先ずは自分の興味あるものを学ぼうと、香水について学び、それに関連した職にもなんとか就くことが出来たものの、今後の自分の人生を考えると、何かピンと来るものがありませんでした。

そうこうしているうちに、長男が生まれ、次男が生まれ、子育て中は凄まじい速さで時間が経過していくように感じ、あっという間に時は流れていきます。親としての我が子への喜びや幸せを感じて充実感は得られるものの、子育てに慣れてくると、ふと思い当たります「私がこれから求める自分の人生の充実ってなんだろう?」

その時に、ライフコーチングの存在を思い出し、ライフコーチングを受ける機会がありました。そこで「これが私の今後やっていきたい道だ。」と強く心に響いたものが “ライフコーチに成ること” でした。

その後、アメリカのオンライン授業でNLP(神経言語プログラミング)のマスターコースとライフコーチングを学び、認定書を取得。ライフコーチとしての私が誕生しました。その後の現在も、日々、海外に居るあらゆるコーチ達と共に学び続けています。今思えば、昔に夢見た、世界に居る人と繋がっていくことが、ライフコーチの仕事の中でも実現しています。これからも様々な国からのクライアント様とライフコーチを通して知り合えることがとても楽しみでなりません。

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